フォーカル・ジストニアへのアプローチ
ピアノを弾くときだけ、特定の指が思うように動かない。
指が内側に巻き込まれる、突っ張る、意図しない動きが起こる——。
フォーカル・ジストニアは、長年演奏を続けてきたピアニストにも起こることがあります。
このページでは、ピアニストとしての演奏経験とフェルデンクライスメソッドの考え方をもとに、私がこれまで取り組んできたアプローチをご紹介します。
フォーカル・ジストニアとは
フォーカル・ジストニアは、特定の動作をするときに、自分の意思とは異なる動きが起こる神経系の症状です。
音楽家の場合、日常生活ではほとんど問題がなくても、楽器を演奏するときだけ症状が現れることがあります。ピアニストでは、特定の指が内側に巻き込まれる、伸びてしまう、隣の指につられて動くなど、さまざまな形で現れます。
そのため初期には「練習不足なのでは」「テクニックの問題なのでは」と考え、さらに練習を重ねてしまうことも少なくありません。
しかし、これは単なる練習不足や筋力の問題ではありません。現在では、脳や神経系における運動や感覚の制御が関係する症状と考えられています。
なぜ「感覚」に目を向けるのか
ピアノを弾く動きは、指だけで行われているものではありません。指、手、腕、そして身体全体の動きが互いに関係しながら、鍵盤に触れ、音を生み出しています。
けれども長年演奏を続けていると、ひとつの動きをあまりにも自然に繰り返しているため、「自分が実際にどのように動いているのか」を感じることは、意外に難しくなっています。
私が大切にしているのは、症状の出ている指を「正しく動かそう」とすることではなく、これまでとは違う感覚を脳に経験させることです。
小さな違いを感じ、比較し、選択する。その積み重ねによって、それまでにはなかった動きの可能性を探していきます。
私が行っている2つのアプローチ
1 鍵盤上で、新しい感覚を探す
実際にピアノを弾きながら、いくつかの指の動かし方を試していきます。
そのとき大切にしているのは、「正しい・間違っている」ではなく、その違いをどう感じるかということです。
たとえば二つの動きを試して、「どちらが好きですか?」「どちらが楽に感じますか?」といったシンプルな問いかけをします。これは単に好みを尋ねているのではなく、自分がどこで、何を感じているのかを少しずつ明確にしていくための問いかけでもあります。
長年何気なく繰り返してきた演奏の中では、指先や関節の感覚、皮膚が鍵盤に触れる感覚などは、意外なほど意識されていません。鍵盤に対してどの方向に力をかけているのか——真下なのか、わずかに斜めなのか。そうした小さな違いにも注意を向けていきます。
目的は、症状のある指を無理にコントロールすることではありません。
これまで経験したことのない感覚や動きの選択肢を、少しずつ見つけていくこと。
小さな違いを感じ、比較し、自分で選ぶことを繰り返しながら、新しい動きの可能性を探っていきます。

2 指や手へのFIアプローチ
もう一つは、指や手に直接触れながら、動きを誘導していく方法です。
フェルデンクライスメソッドの個人レッスンで行われるFI(Functional Integration)の考え方を、ピアニストの指や手の繊細な動きに応用したアプローチです。
指の関節や手のひらなどにごく小さな動きを与えながら、普段とは異なる動きやつながりを、感覚を通して経験してもらいます。
指や手に直接触れることで、視覚だけでは捉えにくいごく小さな動きや感覚の違いを探っていきます。
ピアノの演奏では、ほんのわずかな指先の感覚の違いが、鍵盤への触れ方や動きやすさを大きく変えることがあります。

ピアニストとしての長年の演奏経験とフェルデンクライスメソッドの知見を組み合わせ、実際のピアノ奏法と結びつけながら、指先の微細な感覚を探っていきます。
指だけを見ない
フォーカル・ジストニアの症状は指に現れますが、レッスンではその指だけを見ているわけではありません。
指と手、腕、肩、背中、骨盤など、身体のほかの部分とのつながりにも目を向けます。また、症状のある指だけを繰り返し動かすのではなく、ほかの指との組み合わせを変えたり、普段とは異なる動かし方を試したりしながら、動きや感覚がどのように変化するかを探ります。
一見すると症状とは関係のない動きが、指の動かしやすさを変えることもあります。その人の中で起きる小さな変化を手がかりに、さまざまな可能性を探していきます。
そしてピアニストの場合、もう一つ大切な手がかりになるのが「音」です。
指先の感覚や力の方向、身体とのつながりが変わると、鍵盤への触れ方が変わり、音の響きにも変化が現れることがあります。動きやすさだけでなく、実際に生まれる音にも耳を傾けながら、その人にとって無理のない演奏のあり方を探していきます。
実際の変化について
フォーカル・ジストニアの症状やその現れ方は一人ひとり異なり、レッスンの進み方や変化の過程も同じではありません。
レッスンの中で、私がとても嬉しく感じるのが、こんな言葉です。
「そういえば昔、こうやって弾いてた!」
「ちゃんと力が伝わった」
「こういう音を探してた!」
新しい動きを身につけるというよりも、かつて自然にできていた動きや感覚を思い出すような瞬間が訪れることがあります。また、身体から指先へ力が伝わる感覚や、鍵盤への触れ方が変わることで、求めていた音に再び出会うこともあります。
そうした小さな変化を手がかりに、実際の演奏の中で使える感覚へと少しずつつなげていきます。
これまでには、長く演奏に困難を抱えていた方が、再び舞台で演奏できるようになったケースもあります。
※フォーカル・ジストニアの状態や変化には個人差があります。このレッスンは医療行為や治療を目的とするものではありません。
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